日本リヒテンシュタイン協会
Japanisch-Liechtensteinische Gesellschaft

 

世界の切手収集家を魅了するミニ国家の切手(2)

オーストリアからスイスへ連携の変更

 そうした蜜月関係にひびが入るのは、第一次世界大戦でオーストリアが敗れて、伝統あるハプスブルク家の帝国が根底から瓦解した事による。植田氏は前述したようにオーストリアとリヒテンシュタインとの関係を‘親会社と子会社の関係’であったと表現されている。
 一般的に親会社が倒産すれば、子会社も同じ運命を辿ると言う訳で、殊に子会社の社長が親会社に籍を持って、普段は子会社には常駐していないような場合、親会社が倒産した時「私の会社は親会社とは別で、独立しています。何の心配もありません」と外部へ向かって主張したところで、誰も信用してくれないと言う行が著書の中にある。現実はその通りであり、世界大戦自体には直接関与はしていないリヒテンシュタインではあったが、宗主国の瓦解を受けて、戦後は国家存亡の危機に直面する。しかし、救いの手は思わぬ所から差し伸べられる。もう一つの隣国・スイス連邦からの援助であった。
 スイスから援助を受けたリヒテンシュタインは、スイスとの連携に国家の存亡を懸け、1919年にオーストリアとの関税同盟を解消すると、1921年には通貨をオーストリア・シリングからスイス・フランへ切換え、同年、スイスと郵便協定を結ぶ。更には1923年には関税同盟をスイスと締結し、オーストリアから離れ、もう一つの隣国スイスとの連帯に向けて大きく舵を切るのである。

1920年発行(オーストリア通貨建て) 1921年発行(スイス通貨建て)
訂正加刷 細字タイプ 訂正加刷 太字タイプ

 上の切手に1921年の通貨切換えが見て取れる。左の切手は1920年に発行された同国の 10 Heller 普通切手で、右の2種類が左の 10 Heller 普通切手にスイス通貨の補助通貨単位 Rappenラペン の略である Rp. を加刷して、2 Rappen 切手に変更したものだ。1921年に発行されている。急遽きゅうきょの間に合わせとして訂正の加刷が行なわれたもので、ご覧のように加刷文字に太字と細字の区別がある。こうした間に合わせ切手を‘暫定ざんてい版’と呼んでいる。こうした暫定切手は、何処の国でも見られるものだが、どちらの切手にも目打ちが施されておらず、用紙の質もお粗末だし、刷色も冴えない。戦後の物資不足を切手は物語っている。又、同じように戦後の物資不足をうかがわせる切手に下の 1 Krone 普通切手がある。