日本リヒテンシュタイン協会
Japanisch-Liechtensteinische Gesellschaft

 

私の勧めるリヒテンシュタインのワイン

 リヒテンシュタインと「ぶどうの木」は、長い歴史の中でゆっくりと育まれてきました。

 紀元1世紀、ぶどうの木はローマ人によってこのリヒテンシュタインの地に持ち込まれました。そのぶどうから造られたワインは、リヒテンシュタインでも重要な役目を担ってきました。当地のワイン用ぶどう畑は小国であることを反映してか、大規模なものではありません。そして、もっぱら自家用ワインの醸造に用いられてきました。

 リヒテンシュタインにおけるワイン用のぶどう畑は、バルツァース (Balzers), トリーセン(Triesen), ファドゥーツ(Vaduz), シャーン(Schaan), エッシェン(Eschen) などの地域にまたがって広がっています。日本ではあまり知られていませんが、リヒテンシュタイン侯国と国境を接するスイスの村々の中にはフレッチェ(Fläsch), マイエンフェルト(Maienfeld), イェニンス(Jenins), マランス(Malans)といったヨーロッパのワイン通には知られた地域があります。

 リヒテンシュタイン全土を含めたリヒテンシュタイン侯国とスイス連邦の国境地域一帯は、ワイン造りに最適な条件を満たしているのです。

 1950年代に入ってから、リヒテンシュタイン侯家のワイン醸造所であるホーフケレライ(Hofkellerei)が本格的に稼働を開始しました。また、のちにミシュランで一つ星を獲得することになるリヒテンシュタインのレストラン「レアル (Real)」 のオーナーシェフである F.レアル(F.Real)氏がリヒテンシュタインのワインの育成に格別なる尽力をしたのは皆の記憶に残るところです。

 1960年代に入ると F.レアル氏がリースリングジルバーナ(Riesling x Silvaner)種を用いて、そして侯家醸造所がシャルドネ(Chardonnay)種からそれぞれに上質なワインを生み出して大きな成果を上げるようになりました。この時期は、まさにリヒテンシュタインのワインにとって「ルネッサンス」の時期であったと言えます。同時に若い人々もワイン醸造に参入をするようになりました。若い人々は趣味としてワイン醸造をいそしんでいましたが、次第にプロになる者も現れるようになりました。そしてリヒテンシュタイン侯国独自のワイン文化を生み出すようになったのです。
 リヒテンシュタイン侯国における最大のワイナリーは、先にも触れた侯家醸造所ホーフケレライ(Hofkellerei)です。侯家醸造所はリヒテンシュタイン侯家のかっての領地があるオーストリアに広大なワイン用ぶどう畑を所有し、ワインの取引業者としても確固たる地位を築いています。侯家以外のワイン生産者としては、ハリー・ツェヒ(Harry Zech), ホープ(Hoop), カステルウム(Castellum) などがあります。それに加えて、近年に増えているのが趣味としてぶどうを栽培して自家用のワインを作る人々で、その人々はブラウブルグンダー(Blauburgunder)種のぶどうを用いることが多いようです。

 リヒテンシュタインで秀逸なワインとしては、「赤の発泡酒」やブラウブルガンダー種のぶどうから造る白ワインの「ブランコ・デ・ノアール」などが見逃すことができません。

 ワイン農家とともにこの国で充実しているのがワインを取り扱う業者で、侯家醸造所のみならずシャーンに存在するリッターワイン(株)は三代にわたる歴史を誇る長年のワイン商です。また、オーストリア国境に近いネンデルン(Nendeln)にはオーストリアワインを得意とするシェヒェレ(株)や欧州全土に店舗を展開する「メーヴェンピック」などもあります。

 この小国リヒテンシュタイン侯国でワイン三昧を楽しんでいただけたら、幸いです。

Heinrich Auwärterハインリッヒ・アウヴェルター
(日本リヒテンシュタイン協会・名誉顧問)